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2007年8月15日更新
マルクス・レーニンの幻想

兵藤  長雄

兵藤 長雄・写真   私が大学に学んだ1950年代後半は、マルクス・レーニン主義の全盛時代でした。大学には「資本論」や「帝国主義論」を読まねば人にあらずといった雰囲気が漂っていました。大勢に遅れまいと「資本論」を古本屋で買って読み始めたところ、予備知識の無い自分にとっては歯の立たない難解な文章で、七転八倒したのを想いだします。途中で「共産党宣言」を読んで、やっとマルキシズムなるものが少し解ってほっとしたものです。
  大学の中には、米帝国主義者が明日にでも戦争を始めると言わんばかりに煽り立てる先生も居ました。社会文化系の教授陣はマルキストが優勢で、授業もマスクス経済学はじめ、唯物史観などを叩き込まれたものです。
  しかし、人類の理想に向けて進んでいると教えられたソ連と、実際に新聞、ラジオが報ずるソ連の実態とのギャップが大きいのが次第に気になり始めました。例えば、平和愛好勢力ソ連と戦争勢力アメリカの対比が強調される中で、1956年のハンガリー事件が起こります。
  そのような中で、自分自身の目でソ連という国、社会の実態を直接見てみたいという欲望が強くなっていきました。その頃、若い世代の小田実氏の「何でも見てやろう」という世界見聞記がベストセラーになったりした時代でした。しかし、当時は共産党や社会党の後押しでもなければ、モスクワ大学に留学することは不可能な時代でした。結局、外務省に入ってソ連の専門家になる道が一番手っ取り早いことが判ってきました。外交官は若い頃から漠然と憧れていた職業でもありました。
  外務省試験は第一回目は落ち、留年して二回目になんとか合格通知を受けることができました。しかし、外務省に入って果たしてソ連の専門家にしてもらえるのか、という不安が大きくなりました。そこで意を決して外務省の人事課長に面会を求めて会いに行ったのです。当時は須之部量三課長という大変立派な人格者でした。   私は外交官試験を受けた動機について正直に話をし、「外務省に入省したらソ連の専門家にしていただけるでしょうか」と単刀直入に質しました。「君にソ連の専門家にすると、ここで約束するわけにはいかない。しかし、君の話と熱意は判った。それ以上のことは言えない。」これが人事課長の答えでした。この後、迷いながらも「君の熱意は判った」という一言に賭けて外務省に入りました。
  入省後、須之部課長より「ソ連の専門家になりたいという君の熱意を容れてロシア語を研修してもらうことにした。ついては英国の陸軍学校でロシア語をマスターして欲しい」と言われて度肝を抜かれました。ここはソ連を対象とする諜報将校養成コースの候補者に、徹底的にロシア語を詰め込む特殊な語学学校でした。英国での研修を終えて、三年目をモスクワ大学で研修できないかという私の秘かな願いは、ソ連当局の峻拒にあって実現しませんでした。   そこで、研修最後の一年は、モスクワ大学志望の受験生に公開されていた夜間の予備校講座に潜り込みながら、モスクワや外国人にも旅行が許されていた地方のソ連社会の実態を、できる限り観察し、把握することに専心しました。これこそ私が本来求めていたことでした。そして日本の大学で抱いたマルクス・レーニンの幻想と日々の生活の中で具体的に見る現実との格差の大きさに改めて驚き続けました。
  四十年近い外務省生活では何処に勤務していても、ソ連は基本的な関心事でした。その間、ソ連の社会自体も大きく変わっていきました。今でも印象に残っているソ連のインテリとの会話があります。マルクス・レーニンの幻想について議論していた時、彼がマルクスの理想に最も近い社会を実現したのは実は日本ではないかと言ったのです。高度成長期の日本では、労働者階級の所得は確実に上昇し、所得格差の最も少ない平等社会が現出しつつあるというのです。形式主義にとらわれない慧眼だと感心しました。
  私がライフ・ワークと決めて外務省に入った、その対象そのものが消滅することになるとは、夢想だにしなかったことでした。熱弁をふるっていた多くのマルキスト達の素早い、見事な転身も驚きでした。 ソ連が崩壊した今、大学時代から追い続けたマルクス・レーニンの幻想とは結局、何だったのか。学生であった私の純な心を惹きつけたもの、それはマルキシズムの根底に流れるヒューマニズムだったのではないか。マルクスもレーニンも、各々生きた時代の矛盾、暗黒面をえぐりだし、それを理論化して理想的な人類社会を希求しようとした。搾取や戦争で虐げられた弱者への激しい憤り、これに多くの若者の心が惹きつけられたのだという気がします。
(了)
兵藤長雄:当研究所理事、元外務省欧亜局長、元駐ベルギー、ポーランド大使