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2007年10月29日更新
矜持を保ち時機到来を待とう

吹浦  忠正

吹浦 忠正・写真   日露両国の政治関係が停滞気味であることについて、憂慮する声を聴く。それどころか、しばしば「これが問題解決の名案だ」とばかり小細工を用いた思い付きが披瀝され、あまつさえ、他を排斥し、誹謗中傷に及ぶことさえある。これこそが、ソ連・ロシアが待ちに待っていた状況であることに、なぜ気が付かないのだろうかと、私は長嘆息するほかない。今、日本が採るべき策は、不動の姿勢で原則を貫き続けることである。解決のチャンスはそう遠くないうちに必ず再来するに違いないからだ。
  1855(安政元)年の日魯通好交条約(下田条約)でわが国は「北の隣国」ロシアと初めて国交を開いた。この時に択捉[えとろふ]島と得撫[うるっぷ]島の間を国境と定めたことから、択捉、国後[くなしり]、色丹[しこたん]の3島と歯舞[はぼまい]群島(以下「北方四島」)が「わが国固有の領土」であり、これらはサンフランシスコ講和条約で放棄したものではなく、速やかに返還されるべきであるというのが、日本の主張である。
  ご承知のように、北方領土問題については、1956(昭和31)年の「日ソ共同宣言」と、1993年の「東京宣言」が最も重要な起点である。すなわち、56年には「北方四島」の帰属が決まらなかったからこそ、「平和条約」ではなく、「共同宣言」に留まったのであり、領土問題は未解決とされた。これに対して「東京宣言」では、「北方四島」の具体的な島名を挙げ、その帰属の決定には、「歴史的・法的事実に立脚し、両国の間で合意の上作成された諸文書及び法と正義の原則を基礎として解決する」という3つの原則までが明記された。
  この3つの原則で北方領土問題を協議すれば、ロシア側の主張が維持できなくなる可能性が高いからこそ、ロシア政府はあの手この手で、この「東京宣言」を無視ないし軽視しようとしているのが、ここ数年であり、それゆえに、両国関係が停滞しているのである。
  しかるに、日本国内では、「北方四島」の一括返還ができないなら、①色丹島と歯舞群島の「2つ」を得るだけでよしとする「2島返還論」、②「2島」で平和条約を締結し、その後、国後島と択捉島の返還を求め続けるべしという「とりあえず2島論」、③「北方四島」を面積で二等分し、両国が半分を自国領とすることで平和条約をという「等面積論」、などが昨今、目に付く「思いつき」である。これらの不可なるを以下に簡潔に明らかにしておきたい。
  ①の「2島返還論」で済むならば、「共同宣言」は「平和条約」となっていたもので、この50年の返還要求は何であったかということになる。敗戦から10年そこそこの当時、彼我の立場と力関係は現在とは比ぶべくもない。
  ②の「とりあえず2島論」はロシアという国を信頼しすぎる愚を侵している。これまでも領土問題は「解決済み」とか、領土問題は「存在しない」と言って交渉の場を避けてきた国であり、現在なお、日露間では誠実に領土交渉が行なわれていないという状況を鑑みるなら、「とりあえず」というのは、「これでおしまい」という話になる。まして、そこでひとたび平和条約が結ばれでもしたら、ロシア側は自国の憲法をタテにして、ロシアの領土の割譲には国民投票が必要として、実行不可能な結論になってしまうであろう。とりあえず返還される色丹、歯舞の「2島」は「北方四島」全体の面積の7%に過ぎない。
  ③の「等面積論」は、中露両国の国境問題の解決にあたって最終的に採られた解決法である。両国間には数百に及ぶ河川の中州の帰属を巡って珍宝(ダマンスキー)島事件まで起したが、最後まで未解決だった3つの中洲についてのみ、等面積で決着した。島の面積、居住者の有無、問題発生の経緯などいずれも北方領土問題とは大きく異なっている。
  以上3案に共通な問題点は、これらを交渉の俎上に上げることは、「東京宣言」で確立された3つの原則を日本が放棄することになるという危険が含まれているということが重要だ。すなわち、3つの原則は、日本側にとって交渉の大きな足がかりになるものであって、これを橋頭堡にして対露交渉を進めることこそが、最善の策であるからだ。
  今日のロシアは、原油価格の高騰を最大の理由に、急速な経済発展を遂げつつある。「モスクワは世界で最もベンツが売れる都市」とまで言われている。しかし、この石油や天然ガスといった資源に依存しすぎる社会経済の体質が「ものづくり」を破滅させ、モスクワなど一部の都市に人口が流入し、貧富の差を拡大している現状の深刻さを、ロシアの中枢にいる人々が共通に憂ひている。シベリアには中国からの人口圧に対する恐怖感さえある。
  ロシアにおけるエネルギーの制御や環境保全、生産技術の近代化といった分野の立ち遅れは目に余る。そうした分野に最も補完性を持つ国が日本であることをクレムリンはよく知っている。日本を必要とする時期が必ず到来する。
  ただ、私はそれまで、漫然として待つべきであると言っているのではない。
  とるべき施策の第1は、まず、政官民とも不退転の決意を固め、「四島返還平和条約」という不動の姿勢を継続することである。実際の返還の時期については「時差」があってもやむをえないが、「四島一括」で返還の時期を決定しなくてはならない。
  第2は、そのためには対露政策について、最終的には最高首脳が決断し、外務省が担当するとしても、戦略的見地から学者・専門家、外務省以外の省庁との連携がもっと図られてしかるべきである。従来、独立行政法人北方領土問題対策協会(北対協)に研究会が設けられ、一部、そうした機能を果たしていたが、「行革の視点」から昨年度より廃止されたことは遺憾である。
  第3に、日本国内の啓発、対外広報のありかたについても統括的に戦略を立てる「司令塔」を構築すべきである。現状はあまりにバラバラであり、ムダも多い。パンフレットなど広報啓発の資料1つをとっても、内閣府北方対策本部、外務省、北対協、北海道、根室市、社団法人北方領土復帰期成同盟、北方領土返還要求運動連絡協議会などなどがほとんど連携することなく、しばしば同じようなものを製作しているほどである。より効率的かつ効果的にこれらの関係者が創意工夫し、知恵を出し合うような場の設定が重要であると考える。微力ながら、わがユーラシア21研究所は日本財団の全面的な助成により、ロシア語によるホームページを開設し、また、『ロシアへの反論』(自由国民社・11月刊行予定)を出版して、内外の啓発にあたっている。その反面、北対協の研究会が主体になって、内外の専門家を集めて30年近く継続してきた国際シンポジウムも「予算の都合」で廃止された。これまた納得できないといわざるをえない。
  第4に、国内問題ではあるが、喫緊なのは北方領土返還運動の原点ともいうべき根室市の疲弊を支援することである。北洋漁業の最盛時には5万4千を超えていた根室市の人口が3万930人(2007年9月末現在)にまで激減している。また、その市立病院が北方領土から緊急な患者を受け入れて医療を提供し、港は「旅券・査証なしによる往訪(ビザなし訪問)」の拠点となっているが、市勢の衰退は目を覆うばかりで、これが市民の領土意識にまで影響しつつある。
  第5は、その「ビザなし訪問」を実施するための専用船の建造である。これまでの傭船は船歴40年を超えたもので、いつ事故が起こってもおかしくない航行上の危険性を孕んでいるといっても過言ではないシロモノだ。オホーツク海やカムシャツカ方面では、原子力船を含め、ロシアの最新型の船舶が何隻も航行している。また、現地の港湾も未整備で、高齢化の進んでいる元島民にとっては「里帰り」は至難になりつつある。ここは政府(海上自衛隊または海上保安庁)が保有する専用の船をあてることが肝要である。また、その船には、見本市的な機能や船内交流を可能にするようなスペ-スを設けること、岸辺に接岸できるような構造や小型船を内蔵することなどが望ましい。
  停滞している日露平和条約交渉ではあるが、日本は矜持を保ち、堂々と「固有の領土」の返還を求め続けてゆくべきであり、小手先は悔いを残すほかの何物でもないことを肝に命じるべきである。
(了)
吹浦忠正:当研究所理事長