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2007年12月10日更新
ロシアにおける言論統制と生半可な知識
――下院選挙への国内からの批判――

袴田  茂樹

袴田 茂樹・写真   ロシアで下院選挙が終わり、報道されているようにプーチン大統領と統一ロシアが圧勝した。ここで、選挙に関連して、ロシアのマスコミについてお伝えしたい。
  11月26日の『新時代』誌は第1ページ全面に黒装束のプーチンが演説している写真を載せた。いかにもマフィア然とした雰囲気だ。そして次のように説明している。
  「統一ロシアの候補者プーチンは、政治用語に『人民の敵』という概念を取り戻した。ルジニキ体育館で開催された新組織『プーチン支持』の集会は、1934年のナチ党大会に捧げられたレニ・リーフェンシュタールの作品『意志の勝利』を思い出させる。黒いタートルネック・セーター、黒のエナメル靴、高価な黒服は、諸民族の父というよりは、シチリアの徒党(クラン)の指導者を想起させる。」
  この雑誌はまた、プーチンの元補佐官だったイラリオノフの以下のような痛烈な選挙批判を載せている。
  「12月2日の選挙と称される特別作戦は、下院選挙ではない。それは統一ロシアへの賛否を問う選挙でも、プーチン大統領への国民的信任投票でさえもない。12月2日の作戦は、ロシアにおける権威主義的・犯罪的な体制を政治的に完成させることを意味する╍╍╍この状況下において、まともな人間は何をすべきか。投票することは、市民が現体制を認めることを意味する。それは犯罪よりも悪いことだ。棄権しても、その人の投票用紙が当局によって不正利用されない保証はどこにもない。残された行動様式はただ一つ。それは、投票所に行って、投票用紙を受け取り、誰にも渡さずそれを自分で持ち帰ることだ。そして、こうして持ち帰った投票用紙を、全国で数え上げることである。われわれに必要なのは、他の選挙、他の議会であり、他の体制、他の国を創設することである。」
  日本の共産党よりもはるかに過激な体制批判だ。しかも、つい1年余り前までプーチンの補佐官をしていた人物の言葉である。この雑誌は、不正選挙の様々な手口を、職場の責任者の圧力など実例を挙げて説明している。『新時代』誌もイラリオノフ氏も、今は政権に対する批判的態度で有名である。しかし、近年とみに政権寄りとなった『モスコフスキエ・ノーボスチ』紙(2007.11.23-29)も、社会学者のドゥビン氏の次のような言を載せている。
  「今回の選挙は、この15年の選挙で最も形式的なものだ。結果は予め決まっている。国民は文字通り、テレビでも実際にも、対立勢力を目にしていない。したがって、この選挙はソ連時代の選挙に非常に似ている。2つの側面がある。国民は勝利が決まっている候補者に投票しに行くということ。同時に、政治的アパシー(無関心)である。」
  なお、選挙の2日前の11月30日の『独立新聞』(中立系)は、規定の7%以上を獲得して下院に当選するのは4党になると正確に予言した。一般に第2のプーチン政党である「公正ロシア」は、看板のプーチンを「統一ロシア」に取られたので、7%に達しないと見られていた。しかし『独立新聞』は、「公正ロシア」が下院に議席を有することはほぼ確実となり、与党においてさえもこのことは疑われていない、と報じた。「統一ロシア」のある指導者が「クレムリンにとっても、公正ロシアが議席を得る方が有利だ。それゆえ、大統領府の局長で中央選挙管理委員会とも密接な関係をもつ人物を党の幹部として送り込んで、7%のバリアーをシ超えられるようにした」というのだ。そして、記事のとおりの結果となった。このことは、今回の選挙が当局の意のままに操作されたことを如実に示すものだ。
  私がここで伝えたいことは2つある。それは、ロシア国内にも政権や今回の選挙に対する厳しい批判が存在するということである。もうひとつは、地下出版とか秘密文書ではなく、街中のキオスクで一般に売られている新聞や雑誌に、このような批判記事が掲載されているということ。そして、それでもなお、ロシアのマスコミが近年とくに厳しく統制されるようになっているという事実である。
  ロシアのマスコミに対する当局の統制や、チェチェン問題を追及したポリトコフスカヤの暗殺は世界に広く知られ、批判を浴びた。最近は野党のリーダーや批判的な政治家はテレビにもほとんど登場できなくなった。ここに取り上げた『新時代』誌や『独立新聞』の編集部は、さまざまな嫌がらせを受けている。
  にも拘わらず、このようなメディアが存在し続けているのは何故か。それは、このような活字媒体は発行部数が比較的少なく、国民への広範な影響がないからだ。また、「言論の自由」を世界に示すためにも、このようなメディアの存在は必要なのである。
  今回のロシアの下院選挙について、私は日本でいくつかのマスコミのインタビューを受けた。記者たちは皆、ロシアにおけるマスコミが抑圧されているという知識は有していた。しかしその知識はきわめて不十分である、というより、無知である。単純に、ソ連時代と同じになっていると考えている者が少なくない。抑圧の実態はもっと複雑であり、当局はより巧妙である。ここに紹介した記事を読むと、多くの者は驚くはずだ。現実を知るということの難しさや、実態を知らないままの生半可な知識の危うさを感じる。
(了)
  袴田茂樹:当研究所理事、青山学院大学教授