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2008年01月18日更新
ヨーロッパとロシア

大貫  康雄

大貫 康雄・写真   ヨーロッパ・ロシア関係は光と陰が複雑に絡み合う。両者の関係は冷戦時代に似ているとの指摘もあるが、やはり異なる。時に個々の問題で対立しても、相互の信頼醸成措置が二重三重に構築され、貿易、投資関係が圧倒的に密接になった。個々の事象に捉われすぎると両者の関係の全体像を見失う恐れがある。ここでは両者の関係が現在如何なる状態にあるか、詳細なデータはさておき幾つか具体例を挙げながら、かつ包括的に見てみる。

  良好だったロシアとの関係が悪化した国はイギリス。切っ掛けはプーチン批判を繰り返していた亡命ロシア人リトビネンコ氏がロンドンのホテルで殺害された事件。イギリスはリトビネンコ氏の元同僚でロシア治安機関員を容疑者と断定。これにロシアが猛反発。一時は外交官の追放騒ぎにまで発展。その後ロシア側は、イギリスの“情報戦略機関”と判断したBBCのロシア内でのラジオ放送を中止させ、ブリティシュ・カウンシルの活動を一部停止にしている。また長距離爆撃機のイギリス周辺での飛行を再開し、イギリス空軍戦闘機がたびたびスクランブル発進している。しかし関係が悪化しても、イギリスはロシアへの投資を引き上げてはいない。ロシア人のイギリス在住も増えている。

  ロシアと対立して一歩も引かない国がもう一つ。91年、旧ソビエトから独立したエストニアだ。この国は去年ロシアとの“サイバー戦争”を戦った。エストニアは全国の家庭で銀行決済や買い物から、政府の手続きや選挙の投票までパソコンで済ませる、世界有数のサイバー社会を実現した。その政府、議会、銀行のコンピュータに圧倒的な量の妨害情報が送られ、コンピュータが一時マヒ状態になった。サイバー社会の弱点を突いた攻撃だった。エストニアはドイツなどEU諸国に支援を要請、短時間で正常に戻している。NATOの専門家は、“妨害情報の発信源はロシア国内”と見ている。ヨーロッパは“サイバー戦争対策センター”をエストニアに設置することを検討中だ。

  サーバー戦争の直前、エストニアは第二次大戦戦勝記念碑を撤去しロシア側を怒らせた。ロシアにとってはエストニア解放に殉じた旧ソビエト軍兵士を祭るもの。一方エストニアにとって記念碑は第二次大戦後のスターリン圧政とソビエト支配下という、忌まわしい歴史の象徴でしかない。第二次大戦戦勝記念碑を巡るロシアとの対立はポーランドなど他の旧東欧諸国でも燻っている。旧東欧諸国とロシアとの歴史認識のズレ。同じようなズレが北方領土、シベリア抑留などを巡り日本との間でもある。ロシアによるスターリンの負の遺産の払拭は何時になるのか、ヨーロッパでもこれからの課題だ。

  ロシアと最も関係が深く複雑なのがドイツ。プーチン大統領に限らずロシアの有力政治家、経済人は何度もドイツを訪れる。プーチン大統領はテレビのスタジオで生出演もしている。ゴルバチョフ氏はドイツを訪れる度、寄付を得てロシアに戻っていた。ドイツのロシアへの投資は損を覚悟のものも含め片田舎にまで及ぶ。ルフトハンザは旧ソビエト圏各地に航空網を張り巡らす。ドイツのメディアもロシア社会を細かに報道。ドイツ経済が好調なのは、EU域内貿易と共にロシアと中東と貿易が順調なためでもある。
  その独ロ関係も全てが順調という訳ではない。良好な関係を最優先したシュレーダー前首相。その片腕だったシュタインマイヤー外相とロシア側首脳との関係は良好で、ロシア訪問の際は首相並みの歓迎を受けるほどだ。が、メンケル首相はプーチン政権の人権弾圧や非民主化政策を明白に批判。プーチン大統領からの表面だった反論はないが、冷めた関係だ。嫌がらせも起きている。去年の秋ルフトハンザが貨物基地をロシアからカザフスタンに変更すると、ロシア側はカザフスタンへの領空通過の許可を暫く取り消した。中央アジアに向かうドイツ空軍貨物輸送の上空飛行も一時認めなかった。一方で北極海に沈んだ原潜クルスクの核兵器対策でロシアは対応に苦慮。素直にドイツに支援を求めている。冷戦時代では想像すらできない。
  統一後ドイツは、スターリンに奪われた領土の回復を正式に断念。90年代はロシアに大量の経済支援を実施。引き替えに当時のエリツィン大統領は、スターリンが追放したボルガ・ドイツ人の自治区復活を約束するが、反古状態で実現していない。ドイツはヒトラーが掠奪したセンクト・ペテルブルクの王宮の「琥珀の間」。これをシュレーダー政権時に復旧させたが、ロシアはシュリーマンがトロイの遺跡発掘時に発見した首飾りなど略奪美術品を「当然の戦利品」だとして返還していない。
  ロシアが目に見える形でドイツ人の心情に配慮した数少ない例が、カリーニングラード(旧ケーニヒスベルク)の大学をカント大学と命名、カントの記念碑などを充実させたこと。周辺町並みも若干ドイツ風に戻してドイツ人観光客が来やすくしたことくらいか。

  経済安全保障で両国関係を象徴する一つが、ロシアが天然ガスを直接ドイツに送るバルト海パイプライン建設。ポーランドなど旧東欧諸国の反対を圧して建設開始。ロシアのガスプロムはドイツ企業との合弁でドイツ国内での直接販売権を得た。ドイツからすると、国内市場を開放することによってロシアの動きを牽制する、との発想だ。“相互依存”が深まるだけと見ており、安全保障面での懸念を抱いてはいない。
  ただ、ドイツ・フランスが主体となっているEUの防衛企業の株をロシア資本が5%取得した時は、流石にドイツ・フランスも警戒した。開かれた市場を是とするだけに当面はロシア側の次の一手を見守る構えだ。
ヨーロッパ、ロシア双方ともNATOとEUへのロシア加盟を毛頭考えてはいない。代わりに特別な関係、パートナーシップの取り決めを結んでいる。疑心暗鬼を解きほぐす、心の安全保障、西側カトリックとロシア正教との和解の試みも実践されている。
  ロシア、旧ソビエト圏とヨーロッパとの信頼情勢措置の一つにOSCE・全ヨーロッパ安全保障協力機構がある。そのOSCEが昨年のロシア下院議会選挙の際、“公正な選挙が行われていない”と判断し、大選挙監視団の派遣を中止した。これにはロシア側が強く反発。ヨーロッパでは、力が大きいだけでは信頼も尊敬もされない。それを十分意識しているロシア。民主主義と公正な選挙を認定されず、面子を潰された思いがあったのかも知れない。プーチン大統領は、“ロシア型民主主義”などと言うが、彼が“民主主義”とか“人権”というヨーロッパの理念・価値観を否定も無視もしていないのが、ロシアのロシアたる所以だ。“人権”を平然と無視して見せるアジアの某大国とは別であることも確かだ。
  ヨーロッパとロシア、兎も角も共通の価値観、共通の社会を目標に掲げ、しかし各々別の角度から目指し、握手しながら手を抓みあっているような関係であると言える。

(“ヨーロッパ”という概念は様々で歴史的にも確定した定義はない。ここでは“ヨーロッパ”をEUを中心とした開かれた西欧民主主義圏として使った)

  大貫康雄:当研究所理事、NHK放送文化研究所専任研究員