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2008年06月10日更新
ロシアは軍事大国として復活するか

岡本  智博

岡本 智博・写真
  国際社会における原油高騰の僥倖を得てロシアは、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の配備を着々と進めている。「トーポリM」とロシアは呼称しているが、NATOコードはSS-27である。もう少し詳しく述べれば、「トーポリM」にはRS-12M2型とRS-24型があり、前者はサイロ発射型であり、後者は路上移動型であるが、当然、路上移動型のほうが偵察衛星によって探知されにくいので、欧米からすると脅威の程度は高くなる。加えて、「トーポリM」・RS-24型は複数の核弾頭を搭載しているので、脅威の程度はさらに高くなる。

  こうした最新型のICBMをロシアは2006年末から配備し始めたが、戦略ミサイル軍司令官・ソロツォフ大将は昨年初めにマスコミに対して、「2016年までにはロシア全土に配備する」と公表した。こうした事象に付随して同年6月には、SLBM「ブラヴァ30」の水中からの飛翔試験に初めて成功したとし、さらに冷戦時代の復活を印象付けるにふさわしく、Tu-95戦略爆撃機による警戒飛行を米国アラスカ方面、欧州、そして我が国周辺において再開したのであった。

  このような経緯を受けて雑誌や新聞・テレビでは、ロシアの軍事大国復活が近いのではないかという推測を含む記事・コメントが出始めている。ロシアの戦略核の蓄積に対応して、米国が同様に戦略核の蓄積に走り、冷戦時代のMADが復活するといった憶測を含む記事、あるいはこれに中国を加えた競争激化を憂うるような記事などである。しかしながら、現在国際社会の軍事分野で生起しているRevolution in Military Affairs、いわゆるRMAの実態を知る者からすれば、「果たしてそうなのか?」「そうはなるまい」との疑問を持たざるを得ない。

  その理由は次のとおりである。すなわち、JDAM:Joint Direct Attack Munitionsが湾岸戦争で初めて米軍により使用され、さらに2003年のイラク戦争においては使用された爆弾の68%がこの類の衛星誘導爆弾であったことは周知の事実であるが、いまや軍事の世界では、測位衛星が地球上の目標の評定位置を正確に爆弾に伝達し、あわせて爆弾に取り付けられた小型翼を制御して自由落下中の爆弾の軌道を修正し、結果的に爆弾を目標に対して誤差数mの範囲に誘導するというシステムが完成しているということが現実となっているのである。

  こうした軍事革命をシステムとして完全に実現しているのは米国一国であるが、軍事面における世界の現実は、測位衛星を始め、各種の衛星、そしてこれら衛星から入手された情報を伝達し、それに基づいて指揮・統制することが出来るコンピュータ・ネットワークがどの程度実現しているかにより、その国家の軍事革命推進の程度が測られる時代となっているわけである。残念ながら我が国も、そしてロシアも、最先端を行く米国からは大きく水を開けられているのが現実である。確かにロシアは我が国よりは先に行っており、ソ連時代から測位衛星システム・GLONASSを整備し、技術的にも量的にも米国に追いつこうと努力しているが、昨年末に打ち上げられた3基のGLONASS衛星でさえ既に故障が発生していると報道されている。プーチン大統領(当時)は「2009年までに24基体制を完成させる」と公言したが、ロシアの測位衛星の寿命は短く、これからの2年弱でさらに14基の衛星を打ち上げなければ目標は達成出来ない状況となっている。

  JDAMの登場により戦略核戦力の存在意義が抜本的に見直されようとしている。通常弾頭を搭載するMOP:Massive Ordinance Penetrationは、命中精度の更なる向上と大型弾頭(3t)を実現し、小型核(ミニ・ニューク)でなければできなかった硬化目標の破壊ができるようになった。米国はこの事実を受けて、「2005NPR」を見直そうとしている。2005年時点ではブッシュ大統領は、ミニ・ニュークによるサージカル・アタックの可能性を示唆して各方面から非難を受けたが、2009年に予定されているNPRでは、米国はミニ・ニューク戦術を放棄する可能性があるのではないかと筆者は見積もっている。

  他方、戦略核戦力を背景とした国際政治上における恫喝戦略は、すでに軍事的合理性を失ってはいるものの、外交上の意義としては厳然として存在していると言わざるを得ない。確かに広島及び長崎に対するような核戦力の運用は、どのような理由があろうとも、すでに国際社会においてはじゅうたん爆撃と同様に否定されている。しかしながら国際政治場裏においては、国連安保理常任理事国すべてが核戦力を維持しているように、いまだに戦略核戦力を背景に有利な外交戦略を他国に押し付ける傾向が持続していることも事実である。

  もうひとつの核兵器使用の意義付けとしては、敵国の核使用という脅威に対するLast Resortとしての核使用、あるいは国家体制崩壊寸前の自暴自棄的な核使用などが、核保有国の間で主張されている。ロシアにあっても例外ではなく、核先制使用の条件としては、化学兵器や生物兵器が使用された場合あるいは精密衛星誘導兵器による敵側の大規模攻撃が予期される場合などが挙げられているところである。Last Resort論は、NATOもロシアも、あるいは先制使用は行わないとしている中国においても取り上げられているのが現状である。

  このような文脈を別の大局から敷衍すれば、核保有国の主張する核運用にかかる軍事的合理性はきわめて狭められてきていると断言できよう。核兵器レベルの破壊力を実現する通常兵器システムが登場した今、核を使用する敷居はますます高くなってきており、もはや戦略核戦力は政治的手段であり、軍事的手段としての意義は喪失しつつある。こうしたことから米国は、プーチン大統領が開始した改良型戦略核戦力の蓄積に対しても冷静に対応しているのである。JDAMに加えBMDが現実となった今、米国が冷静でいられるのもRMAの進捗に自信があるからである。

  先月5月9日の対独戦勝記念日に、モスクワの赤の広場で戦勝記念パレードが行われたとの報道があった。ソ連が崩壊しロシアとなって初めての軍事パレードであったが、本パレードにも路上移動型の「トーポリM」が登場したようである。また、その他の核ミサイルや戦車、S300と呼称される対空ロケットシステムなども登場し、空からは最新鋭の長距離爆撃機Tu-160及び戦闘機などが参加したと、特にAFPは写真つきで伝え、あたかも軍事大国ロシアの復活振りを喧伝している。しかしながら筆者からすれば、「SS330対空ミサイル」と表現する程度の理解では、AFPのこれに関する理解力もいかがかと思われるが。

  さてこうした事象を追いかけてみるとプーチン首相始めメドベージェフ大統領は、どうやらロシアを軍事大国に引き戻そうと考えているわけではなく、軍事パレードを含めいくつかのソ連時代の軍事措置を復活させることによってロシア自らが軍事大国としてのソ連時代を懐かしく思い起こすとともに、ロシア国民に対して、あるいは国際政治に対して、ロシアにソ連時代同様の強い影響力が復活したとの印象を与えればさらによいと考えているのではなかろうか。大枚を叩いた道具立てでもそのような誤解が生まれてくれば安いものだと、高をくくっているのかもしれない。

  結論を急ごう。要するにロシアは欧米に比較しIT技術に後れを生じているため、既得技術を駆使して軍事大国化を演出しているのである。従って、いくら新型のICBMを増強しても、あるいは最新鋭のTu-160爆撃機が日本近海に警戒飛行しても、冷戦構造の復活はないであろう。ロシアはソ連崩壊で味わった国家喪失に起因するトラウマを払おうと躍起になっている。現在ロシアは経済発展を謳歌しているが、ソ連時代の年金生活者が退職時に給付された1990年代の年金平均が2000万円程度。それがエリツィン時代には国際的には4000円にまで目減りしてしまったという事実を通して、国家を喪失することの虞を誰よりも知っているのは、まさしくロシア人なのである。(了)

岡本 智博:当研究所軍事研究担当主任研究員、元統合幕僚会議事務局長、空将