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2009年10月01日更新
鳩山新政権よ、今は「天の時」にあらず
日露関係改善には、自重し入念な準備を重ねるべし

吹浦  忠正

    
  民主党を中心とする鳩山連立政権の誕生で、危惧すべきいくつかの点がある。国内的にはマニフェストで散りばめた諸案件の財源をどうするか、天下りを排し、地方との関係をどう築くかなどなどある。しかし、今日の日本は世界の政治経済の進展の中で、主導的な外交政策をとり、世界の安全保障と繁栄の維持に応分の役割を果たしてゆかねばならないし、加えて、軍縮、感染症、環境など人類が挙げて取り組まねばならない諸課題に真摯な取り組みを行ない、着実に実行していくことも期待されている。

  そうした中で、日本外交の舵取りにあたって連立内閣は基本的な軸を定め得ないままスタートしてしまった。外交・安保に関する連立3党のスタンスと3党首のこれまでの発言や対応には大きな乖離がある。憲法や教育に関してもそうだが、こうした基本的な国家的課題についてあいまいにすることは許されない。

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  それはともかく、以下、話を日露関係に集約して論じたい。

  北方4島の返還を実現して日露平和条約を締結し、両国間に真の友好・協力関係を築こうというのは、日本国民圧倒的大多数の熱望であり、悲願である。また、鳩山由紀夫首相はロシアとの関係強化を外交の重要課題の一つに据えていると思われる。しかるに、遺憾ながら、同首相自身のこれまでの発言にはかなりのブレがあると言わざるをえない。毎年2月7日(北方領土の日)に東京の九段会館で行なわれる「北方領土返還要求全国大会」(官民共催)に、鳩山氏は民主党幹事長として何度も出席したり、メッセージを送ったりしているが、そこでは一貫して「4島一括返還」である。

  しかし、<1956年にソ連との国交回復を果たした鳩山一郎元首相の孫に当たるというブランド力を最大限に生かし、日ロ間のトゲとなっている北方領土問題を進展させたい考えだ(時事通信)>と思うあまり、必要以上に張り切ったり、軽挙妄動をしてはいただきたくない。ロシア国内の政治経済事情、国際政治の動向、日本の政局のあわただしさなど、どれをとってもそのための「機」が熟していないのである。ここは日本側が全体として、「力」を蓄える時期であると考える。

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  ならば、当面、北方領土問題を解決して日露関係を抜本的に改善するためには何をなすべきか。筆者は、第1にあらゆる外交上のシミュレーションを行なうべきこと、第2に日露両国での啓発活動の活性化、第3に国内において政、官、地方、財、学、返還運動団体、元島民団体など各界を網羅した戦略会議(仮称)を設置すること、第4は、日本の国内で未解決の問題を整理しておくこと、そして5番目に、北方領土周辺地域の振興に力を尽くすことである。

  第1の、外交シミュレーションにあたっては、北方領土返還についての妥協できる限界の見極めが肝腎だ。それに関しては、微細かつ微妙なところであるが、ロシアがこれまでに4島で行ってきたインフラの整備など公的な社会投資をどう評価しうるかも、議論が分かれかねないところである。いまや周知のように、沖縄返還に当たっては、アメリカ側にこれらを買い取るに等しい金額を支払う「密約」があったとされる。

  沖縄の米国による統治は合法的なものであったから、これは一理あっての支払いであったが、ロシアには「不法統治」されている形になっている。この「不法」という言葉がロシア人のプライドを傷つけていると言うロシア側からの発言もあるが、このあたりの政治判断は、ある段階に入ってから決定的に重要になってくるに違いあるまい。

  また、4島が返還された場合、この地域に安全保障上、いかなる配慮を行なうべきか、自衛隊の恒常的な基地を設置するのか、日米安保条約上の特殊な地位を考慮するのか、ロシア軍が現在実施しているような軍事的な演習を行ないうるのかなどである。この地域を安全保障上の空白地域にしておくのは、世界的な規模で展開されているテロの時代にあって無責任であるという声さえ聞く。

  第2の啓発活動の活性化の重要性については論を俟たない。「日本はいい国だ」という声はロシアではよく聞く。しかし、その日本がいかなる国であり、日露関係の発展にどういう障害があるのか、その経緯はとなると、ロシア人のほとんどが理解していない。「ことはスターリンの間違いの1つであることが分かったとでも言って4島を日本に引き渡す、そんな決断がロシアの為政者に出来るようになるまで説得を続けたい」というのは、この問題の解決に文字通り命をかけた末次一郎安全保障問題研究会元代表であった。

  第3の、官民の北方領土問題関係者の連携の必要性は当然のことであるが、これまでは戦略的話し合いどころか、広報資料1つ作るに当たっても、それぞれがほとんど何の連携もなしに進めてきた。その結果、返還交渉も国民的な強い世論のバックアップを十分受けられなかったし、元島民や返還運動関係者の高齢化とあいまって、一時の力を維持しにくい状況になってきている。

  第4の、元島民との関係では、4島に法務行政上厳然と残っている地権をどうするかが、結構、ややこしい問題である。根室の法務局(釧路法務局根室支局)には、土地登記8322筆(厚さ約5センチのファイルで182冊)、建造物の登記1921筆(同59冊)、さらに終戦時の4島における戸籍書類の一部が保管されている。これらは現状では登記の記載内容の変更が原則的に認められない。この人たちの権利をどうするか、返還交渉本格化以前の段階で、何らかの手を打つべきときに来ているのではないかと考える。これなくしては、返還実現のあかつきに、ロシア人現島民との間で数々のトラブルが発生するのは、小笠原返還時に、日本政府や東京都などが経験した混乱を拡大した形で繰り返すことになろう。

  返還実現後、日本は、ロシア人島民で希望する者については引き続きの滞在を認めるとはいえ、年金をはじめとする日本の優れた社会保障制度とどのように合致させるかが課題であり、ロシア人島民からはしばしば質問を受けるが、日本政府の何処でも検討された気配がない。

  第5の周辺地域の振興についてであるが、例えば、拠点となるべき根室市の人口を見ると、1966(昭和41)年の49,896人をピークに漸減し、今年3月末には30,881人、そして8月末には30,159人と、3万を割るのは時間の問題というところまで来た。北洋漁業の最盛時には5万4千人いたという話を元市長から聞いたこともある。周辺5市町(根室市、別海町、中標津町、標津町、羅臼町)と北海道内の公共的団体(千島連盟、北方同盟等)には合わせて100億円という北方領土隣接地域振興等基金(通称「北方基金」)が設置されているが、長期低利の時代にあって、これを活用しての事業展開は限られている。北方領土を毎日、目と鼻の先に眺めている4島周辺地域への下支えがなくては、北方領土返還要求の声は腰砕けになりかねない。

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  鳩山首相はこのほど「日ロ協会」の会長を辞し、後任に、弟の邦夫氏を据えた。どうやら、日露関係を「家業」と勘違いしておられるのではあるまいかと危惧する。

  「ハトヤマ」の名はロシアではそれなりに名も知られているし、由紀夫氏はこれまでも何度か、北方領土問題や日露関係について発言してきた。但し、その発言は揺れにゆれており、真意はわからない。邦夫氏はこの問題にほとんど発言してこなかった。兄弟の政治的な立場は違うと聞いてきたが、もしかしたら「血は水より濃い」のかもしれない。今後の対露外交や日ロ交流の進捗に注目したい。

  「北方領土返還要求全国大会」での発言やメッセージとは別に、鳩山氏は、時事通信も報じているように、これまで① 北方4島の主権が日本にあると確認されれば、返還の時期や方法は柔軟に対応すべきだとの立場を表明、② 2005年の訪ロ時に4島返還までの過渡的な「共同統治」の検討に言及、③ 祖父一郎氏が署名した56年の「日ソ共同宣言」で引き渡しが定められた歯舞、色丹2島の先行返還に前向きな姿勢を示しなど、およそ腰の定まった方針を堅持しているとは思えない。おそらくは柔軟な姿勢を示すことにより、ロシア側の譲歩を引き出そうとするであろうが、それはありえないし、そこには危険がいっぱいあるのである。

  鳩山政権に対するロシア側の政府・メディアのアプローチはソフトで概ね歓迎ムードであるが、そこに落とし穴があり、まして、「来年7月の参院選までに」といった政局がらみの対応をすることはあってはならない軽挙である。

  今後想定される日露首脳会談においては、1993年の「東京宣言」で築いたわが国の交渉の起点さえ失いかねないような困惑するアプローチは絶対にやめなくてはならない。多年、ソ連、ロシアとの率直な話し合いを通じて関わってきたわれわれとしても、もちろん、批判に明け暮れるだけではなく、必要な助言や提言は続けるつもりであるし、応分の協力を惜しむものではない。

  

吹浦 忠正 : ユーラシア21研究所 理事長