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2011年02月01日更新
ロシアはなぜ「敵」に敬意を払ったか
 ─ 安保研報告1月号 巻頭言より ─

袴田  茂樹

    
  興味深い事実がある。十数年前のことだが、ロシア政府がロシアにとって最も嫌な活動を「執拗に」  してきた人物に、敬意を表して国家勲章を与えたのだ。故末次一郎先生(安保研代表)のことである。末次代表は、深く関わった沖縄返還問題が解決した後、1973年以後、民間の立場で北方領土返還運動に全エネルギーを注いで取り組んできた。彼は偏狭な民族主義者ではないが、北方領土問題では一貫してわが国の主権の擁護という座標軸を守り通した。その彼に対して、ロシアのプリマコフ元首相や、ヤーコブレフ元大統領最高顧問も、それぞれの回想録で最大級の賛辞を贈っている。末次氏は、「勲章はいらないから、領土を返してくれ」と言っていたが。

  プリマコフ元首相は、首相になる前の外相時代から北方領土問題に関しては、共同経済開発が   持論で、日本への返還に対してはつねに反対の姿勢を貫いてきた。では、なぜ彼らが、ロシアの「敵」とも言うべき末次氏に敬意を払ったのか。

  これに関連して、私にはある印象的な思い出がある。1990年代にロシアの国家主義者で、北方領土の日本への返還には強く反対していたビクトル・アルクスニス下院議員と末次代表や安保研の我々がモスクワで懇談した時の思い出である。ちなみに安保研は、領土問題解決に前向きの姿勢を示していたヤブリンスキーなど民主派、改革派の代表だけでなく、領土問題でロシアの譲歩に断固反対していたジュガノフ共産党委員長や民族派の代表などとも意見交換をしてきた。アルクスニスは、もともとはソ連邦擁護派でペレストロイカや民主化に反対し、ソ連邦崩壊後の90年代は愛国派の代表的な  人物であった。その彼が末次氏に向かって次のように述べたのだ。「ミスター末次、貴方も私も、自国を愛するパトリオットとして気持ちは同じです。もし私が日本人であるなら、私は貴方と同じ行動をとったでしょう。その意味で、私は貴方に大いなる敬意を払います。」 つまり、国家を憂える日本人としては、北方領土の返還要求を続けるのが当然だ、という考えをロシアの愛国主義者がもっていたのである。彼は、スターリン時代に不法にソ連が北方領土を領有したことは当然知っていたはずだ。

  わが国のある中国問題の専門家が、中国の政治家たちが内心一目置いている最近の日本の政治家は小泉純一郎首相だと教えてくれた。靖国参拝問題で中国は小泉首相を厳しく批判した。しかし  首相は「内政問題だ」と突っぱねた。主権国家として、他国に口は出させないという意味だ。もちろん中国人は、最も嫌な政治家としても小泉首相を挙げるだろう。しかし、内心では「日本にもサムライがいたか」という思いを抱いたのだ。中国の政治家が親中派の河野洋平氏を尊敬しているわけではない。

  どの国にとっても、国家の主権問題でしっかりした座標軸を堅持することは、外交や安全保障の  根本だ。そのような座標軸をしっかり有していない国は、国際社会でまともな扱いも受けないし尊敬もされない。いや、そもそも外交や安全保障政策が成り立たない。日本はしばしば「エコノミック・アニマル」と軽蔑的に言われてきた。目先の経済的な利害のみで動く国、国家としての原理、原則を有さない国、という意味だ。あるいは、人権、民主主義、その他何らかの理想や普遍的な価値観などには  無関心な国、という意味でもある。その日本が唯一、国家として筋を通してきたことがあるとすれば、  それは北方領土問題であろう。ではそれを、ロシア側はどう見てきたか。

  ロシアは日本に対して、北方領土問題は棚上げして、経済協力を進展させることを一貫して要求してきた。もちろん日本がそれに応じたら、ロシア側は大いに満足する。現に2009年5月、プーチン首相が訪日したとき、首脳会談では麻生首相は領土問題を取り上げたが、実際には主権問題を棚上げして、原子力協定を含む多くの経済協力の合意をした。もちろんロシア側は大いなる満足を示した。  では、このような日本をロシアはどう見たか。果たして、敬意を抱いただろうか。

  ロシア外務省のある日本通は、「最近の日本を見ていると、『日本人の精神年齢は12歳』と言った  マッカーサー元帥の言葉を思い出す」と述べた。では、ロシアの「政敵」であったはずの末次一郎氏がロシア側から大いなる敬意を表され、これに対して最近の日本政府がここまで見くびられているのは何故か。もはや説明は不要だろう。

  今問われているのは、外交や安全保障の根幹である主権問題に対する日本国民および日本政府の意識と態度である。国際関係において日本政府がなすべきことは、たとえ一時的に相手に不快感を  与えても、主張すべきことは明確に主張しそれを行動で表すということだ。また主張の真剣度は、そのためにそれだけ自ら経済的その他の「痛み」を覚悟するかによって示される。痛み、あるいは犠牲を  払っても、主張すべきことは主張する、それこそが結果的に相手からの尊敬を得る道でもある。逆に、「気配り外交」の結果言うべきことも言わず、自ら何の犠牲も払わず、主張は単に口先のみで行動が逆方向を向いているとき、相手は喜ぶかもしれない。しかし、相手からも国際的にも、日本は軽蔑されるだけである。


袴田 茂樹 : 安全保障問題研究会会長、青山学院大学教授国際政治経済学部教授